ジャズピアノから「自由」の本質を考える

こんにちは。 中小企業診断士の尾﨑樹里子です。
子どもの頃からクラシックピアノを弾いてきました。ピアニストになるのが夢だったのです。まあ、お花屋さんになりたい、ケーキ屋さんになりたい……といった類の夢ではありますが、真面目な私は高校2年生までその夢を持ち続けました。
もちろん、所詮“夢”ですから実現はしませんでしたが、それでも私の人生にはいつもかたわらにピアノがあります。
よく「ピアノが弾けていいね」と言われるのですが、そんな私には大きな不満がありました。
クラシックピアノは基本的に楽譜通りに弾くものです。本来は、暗譜といって楽譜を見ずに弾けるようにして、その先に“表現”の世界が広がっているのです。ところが私は、どうしても暗譜を身につけることができませんでした。今でも楽譜がないと何も弾けないのです。
それはなんだか、「マニュアルがないと動けない」自分の人生のようだと思えてしまうのです。
そんな私が憧れたのが、ジャズピアノです。
たった1枚、シンプルなメロディラインとコードだけが書かれた楽譜をもとに、延々と演奏を続けられる。
自由でかっこいいアドリブのフレーズは、型にはまった私の人生を変えてくれそうな気がします。
ある日「ジャズピアノ教室」に出会います。しかもその教室、初心者向けながら内容は本格的で、ジャズ理論からしっかり学ぶスタイルだったのです。それはおよそクラシックピアノとは異なるものでした。コードにはさまざまな“型”があり、それぞれ響きが違います。たとえば、「セブンス」「ドミナント」「サブドミナント」etc. これらの型をメロディや曲調に合わせ選びながら弾くのです。さらに、ジャズではコード進行が曲の流れを作るだけでなく、セッションにおいても重要な役割を担います。たとえば有名な「ツー・ファイブ・ワン(Ⅱ-Ⅴ-Ⅰ)」。このコード進行が来ると、「さあ次に行くよ!」という合図になることもあります。自由に演奏しているように見えていたアドリブも、実は小節ごとに振られたコードの中で使える音が決まっていて、それらの音を巧みに組み合わせて弾いていたのです。
ジャズは、20世紀初頭のアメリカ・ニューオリンズで生まれた音楽です。アメリカは“人種のるつぼ”と呼ばれるほど、多様な民族や文化背景をもつ人々が共に暮らしていました。言葉も習慣も異なる中、共通の言語がなかったからこそ、音楽が人と人とをつなぐ手段となったのです。その後、時代とともにジャズは進化を続け、演奏者同士が即興的に音を重ねる“セッション”というスタイルが定着していきます。ピアノ・ベース・ドラムといった「ピアノトリオ」は、ジャズの代表的な編成の一つで、メロディやリズムを即興でやり取りするスリリングなやりとりが魅力です。その中でコードやコード進行という「共通ルール」は、演奏者たちの即興演奏の土台として重要な役割を果たしていたのでした。
そして私は、気付くのです。
自由自在に見えていたジャズの演奏は、“厳格なルール”という基盤の上に実現しているということを。
自由は、ルールという基盤の上に成立する。
これは、ビジネスの世界にも通じると思います。
自由な発想で唯一無二のビジネスを生み出すためにも、経営理念や財務の知識、マーケティングの基礎、働きやすい職場づくりといった“経営の基盤となるルール”をしっかり押さえてこそ、生き生きと、自由に、そしてお金に困らず成長できるのではないでしょうか。
今日も私は、コードの理論と格闘しています。
自由な世界を目指して。








