校閲の目を養う

こんにちは。中小企業診断士の小林です。

中小企業診断士は、事業計画書や補助金申請書、診断報告書の作成などで、意外と文章を書く機会が多いと思います。しかし、それらの書類の中に間違いや不適切な表現がいくつもあると、伝えたいことが読み手に伝わらず、相手の信頼を失う可能性があります。

私は出版社で、約10年ほど編集者として本作りに携わってきました。そこで今回は、本作りにおいて地味ながらも重要な行程のひとつ、「校正・校閲」の仕事についてご紹介します。

校正・校閲とは、原稿に間違いがないかを確認し、正すことをいいます。一般には、まとめて校正といわれることも多いですが、校正と校閲では、それぞれ確認する観点が異なります。

「校正」とは、原稿の誤字・脱字や、表記のゆれなどを確認することです。これは簡単なようで、実は非常に難しい仕事です。何も考えずに読んでしまうと、確実に誤字・脱字を見逃します。

というのも、人間の脳は非常に優秀だからです。私たちは、文章を一字一句読んでいるわけではなく、文字列から単語を予測、補正して読み取っています。

例えば、こんな文章があったとします。

「ぜったいに ばなれい どやらきの リニュアール!」

間違いだらけの文章ですが、普通に読めたのではないでしょうか。

これは、タイポグリセミア現象と呼ばれます。文章中の単語の文字順が入れ替わっても、その単語の語頭と語末の文字が正しければ、問題なく読めてしまうのです。

(この現象を用いた広告事例も面白いので、よろしければご覧ください。)
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000003.000034231.html

タイポグリセミア現象に限らず、こうした脳内補正があるからこそ、私たちは文章を高速に、素早く理解して取り入れることができるようになっているわけですね。

しかし校正においては、その能力が邪魔になってしまいます。脳が優秀であるゆえに、誤字・脱字を見逃してしまうわけです。だから、校正というのは難しいのです。

続いて、「校閲」です。校閲とは、内容に誤りがないか確かめることをいいます。固有名詞やプロフィール、事実関係などに誤りがないかを、辞書や百科事典、団体の公式サイトなどを使ってチェックしていきます。

例えば、こんな文章があったとします。

「ゆとり教育では、円周率を3で教えることになった。」

これは誤りです。しかし、ゆとり教育がスタートしたとき、円周率が3になったとして多くのメディアで取り上げられたので、今でもこれを事実として認識している方がたくさんいます。

もしここで、テレビで見たから事実だろうな、と思ってスルーしてしまうと、間違った記述のまま出版されてしまいます。知っているから大丈夫とは思わず、「本当にそうなの?」と疑問を持って学習指導要領などの原典にあたることが大切というわけですね。

校正も校閲も、どちらにも共通して重要なのは、思い込みを排除して、先入観なく見ることです。これは、校正・校閲だけでなく、さまざまなところで役立つスキルです。

多かれ少なかれ、多くの人が思い込みや先入観を持って情報に接しています。

かつて円周率が3になった、という誤解が広まったのは、「学校教育では円周率が3になる」という誤った情報をもとにして、ある学習塾が大々的に広告キャンペーンを行ったことがきっかけといわれています。子どもを公立学校に行かせるとこうなってしまうんですよ、というメッセージで親の不安をあおり、多くの人を私立中学校の受験に駆り立てることとなりました。

その広告戦略が正しかったのかどうかはさておき、結果的に多くのメディアでそれが事実かのように取り上げられ、ゆとり世代を揶揄(やゆ)する風潮を生んでしまいました。

その背景にあったのは、「今の学校教育はおかしくなっている」「文部科学省はろくなことを考えない」といった思い込みや先入観だったのではないかと思います。だから、「ゆとり世代の徒競走は、全員が手をつないでゴールする」といった都市伝説とともに、デマが広がってしまったのではないでしょうか。

校正・校閲者が従来活躍してきた、紙の出版市場(書籍、雑誌、新聞など)は、年々落ち込んでいます。信濃毎日新聞でさえ、夕刊を休刊するという時代です。

一方、ネットの普及により誰もが情報を発信できるようになり、文字を読む量は増加しました。今では生成AIにより、それっぽい文章を誰でも簡単に作ることができます。おそらく、今後はAIが書いた記事を目にする機会も増えていくことになるだろうと思います。

そんな中で、自分の思い込みや先入観をもとに、事実かどうかもわからない情報源から、欲しい情報だけを取り入れていったら、どうなってしまうでしょうか。

こんな時代だからこそ、思い込みを排除し、先入観なく見る、という「校正・校閲の目」を持つことは、今を生きるすべての人に必要なリテラシーになるのではないかと思います。

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