「AIみのもんた」「細木数子ドラマ化」から考える、ビジネス活用におけるAI活用の留意点

中小企業診断士の山川です。
2026年が始まったと思ったら、あっという間に2月になってしまいました。
お正月、「AIみのもんた」が話題になりました。
元日に『クイズ$ミリオネア』が13年ぶりに復活し、「“みの”から“にの”へ」という合言葉のもと、昨年惜しくも亡くなられたみのもんたさんから、嵐の二宮和也さんへ司会がバトンタッチされました。
番組冒頭では、AI生成された“みのもんた”が登場し、クイズ形式で二宮さんに司会承継の意思を確認する演出がなされました。この一連の演出は、放送前から賛否を呼びました。
故人をAIで蘇らせることについては、以前から議論が続いています。
放送後、古舘伊知郎さんは自身のYouTubeチャンネルで
「フジテレビには膨大なアーカイブがある。元気だった頃のみのもんたを編集して届ける選択肢もあったはずなのに、なぜAI生成してしまったのか」
と語っています。
AI化された故人を見ると、なぜ多くの人の胸はざわつくのでしょうか。
1月下旬には、Netflixで4月下旬配信予定の、細木数子さんの半生を描いたドラマ『地獄に堕ちるわよ』の予告映像が公開されました。
主演の戸田恵梨香さんと細木数子さんは、見た目が似ているとは言い難く、正直「どんなキャスティングだよ」と感じていました。しかし実際に映像を見ると、表情やしぐさ、例えば笑ったときの口角の上げ方などが、まさに“あの頃テレビで見ていた細木数子”そのもので、大女優の表現力に感服しました。
SNSでも「早く本編を見たい」といった肯定的な声が多く、全体として好意的に受け止められている印象です。
「故人を再現している」という点では、AIみのもんたも細木数子ドラマ化も共通しています。
それにもかかわらず、AIと人とでは、なぜこれほど受け取り方が違うのでしょうか。
ここで一度、
- 再現する側:AI/人間
- 再現される側:故人/存命
という2軸で整理してみたいと思います。

AI × 故人の代表例としては、AIみのもんたのほか、AI美空ひばりが挙げられます。
2019年、生成AIの先駆けとして、美空ひばりさんの歌声による新曲が発表されました。感動したという声がある一方で、「不気味だ」「違和感がある」といった反応も少なくありませんでした。
人間 × 故人で有名なのは、モノマネ芸人レッツゴーよしまささんの志村けんさんでしょう。
志村けんさんの逝去から間もない時期に、オフの志村さんを演じる姿を見て、そのあまりの再現度に、生前親交のあったタレントが涙を流す場面もありました。
AI × 存命の事例もあります。
2024年、森永乳業のマウントレーニアの特設サイトでは、「褒められたいこと」を入力すると、さらば青春の光・森田さんの声で生成AIが褒めてくれる企画が実施されました。音声収録のメイキングも含め、大きな話題となりました。
また2022年には、ヤマハから「歌うとEvery Little Thingの持田香織さんの声になる」なりきりマイクが発表され、ハスキーボイスのプロレスラー・本間朋晃さんが使用する様子が、お茶の間を大いに沸かせました。
これらはいずれも、違和感や嫌悪感を生むことなく、広く受け入れられた事例と言えるでしょう。
人 × 存命では、いわゆるモノマネ文化が該当します。
全国各地でモノマネショーが開催され、ひとつのエンターテインメントジャンルとして確立されています。ただし、内容次第ではハリウッドザコシショウさんの真木よう子さん、ちくわさんの明日花キララさんなど、本人の気分を害し、炎上するケースもあることは周知の事実です。
こうして各象限の事例を見ていくと、「AIだから」「故人だから」「人がやっているから」と単純に結論づけることはできません。
重要なのは、そのアウトプットの背景に「リスペクトが見えるかどうか」ではないでしょうか。
人が演じる場合、本人に近づけるための努力や、敬意を払っている姿勢が伝わりやすいと思います。
一方、AIはその過程が見えにくく、たとえプロンプトを作成する人間にリスペクトの心があっても、それが受け手に伝わりにくい側面があります。
その点、さらばの森田さんの事例のように、本人の同意や関与が明確であれば、背景が可視化され、見る側の心理的なざわつきは大きく減るのではないでしょうか。
生成AIは非常に便利で、性能向上のスピードも目を見張るものがあります。ビジネスに活用しない手はありません。
一方で、現時点において、経営・ビジネスの主体が人間であることは揺るぎません。
アウトプットの受け手が快く受け取れるよう、AI生成物の中に「作り手の意思」や「配慮」をどう織り込むか。
この工程こそが、これからのAI活用において欠かせない留意点だと考えています。








