化学物質の自律的な管理について

中小企業診断士の上堀です。中東情勢の緊迫に伴うナフサ供給の不安が報じられ、化成品の原料供給への影響が懸念されています。また医療用手袋不足に対応するため、備蓄の放出がニュースになるなど、安全資材の確保が難しいなどのリスクが顕在化しています。こうした供給リスクは単なる生産や調達の問題に留まらず、保護具の使用控えや、防護性の低い代替品の使用による安全性への影響など、作業者の健康リスクにつながる問題となります。このような背景のもと、化学物質管理のあり方が大きく見直されています。
近年の労働安全衛生法改正(2022年改正・2023年以降段階的施行)において、化学物質管理に大きな転換がありました。従来からの変化として以下の点が挙げられます。
・ 危険有害なものの排除というハザード管理型から、危害の可能性の低減というリスク管理型へ
・ 措置に基づいたリスク管理をする法令遵守型から、事業者の選択による管理という自律的な管理へ
この転換には以下の理由が挙げられ、従来の規制だけでは十分に対応できなくなったことが背景にあります。
・ 化学物質の種類(リスクアセスメント対象物質だけで数千物質)や使用形態の増大
・ 法令だけではすべてをカバーしきれない現実
・ 情報不足による健康障害の発生
自律的な管理とは
国や供給者から提供される危険性・有害性情報をもとに、事業者自らがリスクを評価し、対策を決定、実施する仕組みを指します。
例えば、
・ 作業環境
・ 使用量
・ 作業方法
などを踏まえ、どの程度の対策を講じるかを事業者自身が判断する責任が求められ、「結果として安全であること」が求められます。
対応すべきポイント
改正後の化学物質管理では、事業者は以下の対応を一体的に実施する必要があります。
(1) 情報伝達
・ ラベル表示
・ SDSの交付、確認
これにより、化学物質の危険性・有害性を正確に把握することが前提になります。
(2) リスクアセスメントの実施
・ 使用条件、作業環境、ばく露可能性を評価
・ リスクに応じた対策を検討
作業ごとのリスクを見える化し、適切な対策に繋げます。
(3) ばく露低減対策の実施
・ 換気設備の導入、改善
・ 作業方法の見直し
・ 適切な保護具の選定
労働者のばく露は最小限とし、濃度基準値が定められた物質については、その基準値以下に抑える必要があります。
(4) 継続的な改善
・ リスクや作業の見直し
・ 継続教育
対象物質の追加や、新たな知見によりリスクが変化することがあります。
上記を踏まえ、
・ 取り扱い物質の最新のSDSを取り寄せ、作業者で読み合せる
・ 作業環境を含めた作業手順の見直しを定期的に実施する
などを行い、取り扱い物質に関する危険性・有害性の労働者への周知や、リスクアセスメントに基づいた対策の実施に取り組む必要があります。
管理体制の整備
化学物質管理の体制整備の観点から、以下の責任者の選任が義務化されました。
化学物質管理者
対象:リスクアセスメント対象物を製造、取り扱い、又は譲渡提供する事業場
役割:化学物質管理全体の統括
主な職務としては、以下の各点が挙げられ、自律的管理の中核となります。
・ SDS、ラベルの管理
・ リスクアセスメントの実施管理
・ ばく露防止対策の決定、管理
・ 教育、記録、事故対応
保護具着用管理責任者
対象:リスクアセスメント対象物の取り扱いに際し、その結果に基づき労働者に保護具を使用させる事業場等
役割:保護具の実務管理
主な職務としては、以下の各点が挙げられ、現場レベルでのばく露防止の実行責任者となります。
・ 適切な保護具の選定
・ 使用方法の指導
・ 保守管理
尚、事業者はこれらの責任者を選任すれば終わりではなく、権限付与、体制整備、運用まで責任を負う点が重要です。
企業における問題点
厚生労働省等の調査によれば、企業規模の小さい事業所ほど管理が不十分となる傾向が示されています。例えば、化学物質に関わるリスクアセスメントの実施状況は、300人未満の事業場では50 %を下回っています。その背景として、専門知識を持った人材の不足、対応に必要な時間・コストの確保の難しさ、情報不足などが考えられます。このような状況下では、外部専門家の活用や、社外講習を通じた人材育成も有効な手段となります。
最初から高度な仕組みを導入するのではなく、自律的管理の最初の一歩として、
・ 自社で使用している化学物質を把握する
・ 担当者を決めてSDSの収集と整理を行う
・ 使用中の化学物質の見直しとSDSの読み合せを定期的に実施する
・ CREATE-SIMPLE等のツールを用いた簡易的なリスク評価を行う
・ 迷ったら業界団体や外部専門家に相談する
といった基本的な取り組みから始め、継続的に改善していくことが重要です。
おわりに
化学物質管理は、単なる法令対応ではなく、事業者の経営責任の一部と言えます。労働災害の防止、人材確保、取引先要求の対応といった観点から、経営基盤に関わる要素となることが考えられます。
今後は、化学物質管理者を中心とした体制の下で、自律的かつ継続的な安全管理の実践が強く求められます。化学物質管理は、「難しい法令対応」ではなく、作業者と企業を守るための、基本的な経営活動となっていきます。判断を誤れば過剰対策によるコスト増大、対策不足による健康リスクにつながります。
小規模であるほど一つの事故が事業に大きな影響を与えかねません。自社の実態に沿った形で無理なく取り組みを進め、自律的な管理へ踏み出すことが求められています。








