AIは魔法の杖ではない

中小企業診断士の藤森遼です。
突然ですが、一つ質問させてください。御社の一番の「強み」を、社長以外の誰かが説明できますか?
最近、ある製造業の会社を訪問しました。大手メーカーから安定して受注を得ている、地域で信頼の厚い会社です。
その会社の強さの源泉は、社長とベテラン社員が長年かけて磨いてきた「カンと経験」。図面のないところから試作品をつくり、手触りの感覚から寸法を出して図面に起こしていく。こういうことが実際にできてしまう。これは本当にすごいことです。
ただ、大手企業での勤務を経て後継者として入社した2代目の息子さんは、そのすごさを間近で見ているからこそ、怖さも感じていました。
“図面はすべて紙。ベテランの頭の中にしかないノウハウがたくさんある。社長にもしものことがあったら。高齢の社員が辞めてしまったら。この会社の技術は、どうなるのか――。”
これは決して珍しい話ではなくて、似た状況の会社は本当に多いです。
こういう話をすると「今はAIがあるでしょう」と言われることがあります。確かに、作業を動画で撮ってAIに解析させるとか、紙の図面をスキャンしてデータ化するとか、技術は進んでいます。
ただ、現場を見ていて感じるのは、もっと手前の話なんです。AIは整理された情報を扱うのは得意です。でも、そもそも何が大事で何がそうでないかも分からない、整理されていないアナログな情報の山を前にすると、AIにもどうしようもない。渡す前の情報が、整っていないのです。
結局、一番大事なのは「棚卸しと整理」なのだと思います。地味な作業です。でも、これを飛ばしてツールだけ入れても、うまくいきません。
社長やベテラン社員が無意識にやっていること。なぜその素材を選ぶのか。どの段階で手の感触が変わるのか。受注するかどうかを、何を見て判断しているのか。そういう暗黙知を、一つひとつ言葉にして書き出していく作業です。
大がかりなシステム導入はいりません。スマートフォンで作業動画を撮るとか、社長の判断基準を雑談のついでに聞き取ってメモにするとか。そんなことでいい。ただ、それを「誰かが、どこか」で始めないと、何も残らないまま時間だけが過ぎていきます。
私はこれを、勝手に「事業承継の遺言状づくり」と呼んでいます。遺言状は元気なうちにしか書けません。会社の技術やノウハウも同じで、社長が現役のうちに、ベテランが元気なうちに、少しずつ形にしていく。AIやデジタルの力を借りるのは、その後でも遅くはないはずです。
ただ、この棚卸しや整理を、日々の業務を回しながら社内だけでやるのは正直大変です。「当たり前にやっていること」ほど、自分たちでは言葉にしにくいものです。
そういうとき、外の人間が一人入るだけで、意外と話が進んだりします。私たち中小企業診断士は、経営者やベテラン社員の話を聞きながら、「何がこの会社の財産なのか」を一緒に整理していくことができます。すぐに答えが出るものではありませんが、対話を重ねるなかで少しずつ形になっていく。その伴走が、診断士にできることの一つだと思っています。
あなたの会社の「すごい技術」は、ちゃんと残せる状態になっていますか。







