中小企業の競争力向上につながる「デザイン経営」とは?
経済産業省・特許庁から『「デザイン経営」宣言』が発布されてから5月で丸6年が経ちます。みなさんは「デザイン経営」という言葉を聞いたこと、一度はあるのではないでしょうか?今回のコラムは、デザイナー歴30年、クリエイティブ領域に精通する中小企業診断士である井上が、デザイン経営についてお伝えします。
「デザイン経営」登場の背景
改めて、『「デザイン経営」宣言』は2018年5月に経済産業省と特許庁から政策提言されたものです。
産業競争力とデザインを考える研究会報告書『「デザイン経営」宣言』(2018年5月23日、経済産業省・特許庁)
きっかけとなったのは、その前年に行われた有識者会議「産業競争力とデザインを考える研究会」での議論。アップル等のグローバル企業と比較して、日本企業の没落や産業衰退の原因をデザインへの投資に求めたわけです。根拠となった欧米の研究では、デザインへの投資を重視する企業ほど、高いパフォーマンスを発揮しています。例えば、英国の調査ではデザインに投資するとその4倍の利益を得られるとしています(British Design Council)。また、米国のS&P500の企業全体でデザインに投資する企業は過去10年間で2.1倍の成長を達成しています(Design Value Index)。さらには、デザインを重視する企業は同様の製品やサービスを販売する競合と比べ30%高い価格が付けられたそうです(マッキンゼー)
ここで注意したいのは、日本におけるデザインに対する定義の狭さと知識や理解の不足です。日本の経営者のデザインへの理解は、個々の製品のスタイリングや販売広告のグラフィック等に留まり、極めて限定的でした。一方、海外では早くからデザインが経営戦略の一つに据えられていました。英国では1990年代から国家戦略としてデザイン投資を進めてきたほどです。理由としては、多民族国家が多く非言語コミュニケーションが重要であることや、環境や顧客の価値観が複雑多様になる中、合理的に正解を導く科学的経営だけでは立ち行かなくなったことが考えられます。
経済産業省の「第四次産業革命クリエイティブ研究会報告書」では、デザインの意味を広義(UI/UXを含めた製品サービス全体の設計)にとらえる企業と、狭義(製品の色や形、スタイリング)にとらえる企業とを比較した調査結果が報告されました。直近5年の平均営業利益増加率が6%以上と答えた割合は、デザインを広義でとらえている企業では41.9%であったのに対し、狭義でとらえている企業では25.0%にとどまっていました。加えて、広義でとらえている企業は、顧客にとって使いやすい製品サービス提供を重視しているのに対し、競技でとらえている企業は、低価格での製品サービス提供を重視する傾向が見られたそうです。
デザインと企業経営の関係性の中で、では「デザイン経営」とはいったい何でしょうか?デザイン経営宣言では、デザイン経営の効果を次のように定義しています。
「デザイン経営」は、ブランドとイノベーションを通じて、企業の産業競争力の向上に寄与する。
デザインは、企業が大切にしている価値、それを実現しようとする意志を表現する営みのことです。顧客と企業のあらゆる接点での体験において、その価値と意志を徹底させ、一貫したメッセージとして伝わることでブランド価値が生まれます。また、デザインは、人々が気づかないニーズを掘り起こし、事業にしていく営みでもあるためイノベーションを実現する力にもなります。それは本当か?と思われる皆さんのために、次に具体的事例を2つ紹介いたしましょう。
デザイン経営の具体的事例
デザイン経営宣言以前からデザイン経営を実践している企業としてまず私が思いつくのが、無印良品を展開する良品計画です。元は西武百貨店内にできた小さなプロジェクト事業でした。事業コンセプトやブランディングの基礎をつくったのはグラフィックデザイナーの田中一光さんです。販売のための華美な装飾を一切なくし、無名性を逆にブランドとして際立てさせた手法は他に類を見ませんでした。その意志は、原研哉さんや深澤直人さんなど世界的なデザイナーで構成するアドバイザリーボードに受け継がれ、現在も経営の中核を担っています。そのブランド力はもちろん、商品もイノベーティブなものが目立ちますね。デザイン経営としてどれだけ成功しているかは言うまでもありません。
次に最近の事例でいくと、ヤンマーのリブランディングが話題となりました。ブランディングとクリエイティブの統括を、ユニクロや楽天など数々の企業を手掛けている佐藤可士和さん。トラクター等の製品デザインをフェラーリの元デザイナーであるケン奥山さん。ユニフォームをISSEI MIYAKEの元デザイナー滝沢直巳さんがリデザインしました。そして現在は、レクサスやヤマハで活躍されたデザイナー長屋明浩さんが、デザイン統括の取締役として経営に参画し、農業を革新させる意欲的で実験的な製品も発表されています。実は、トラクターは一千万円以上する超高級商品。フェラーリやレクサス、ISSEI MIYAKEのデザイナーが、値段に相応しいブランド価値やイノベーションを実現させています。
中小企業が実践できるデザイン経営
これまでデザイン経営について、背景や事例を交えて紹介してきました。海外や大手の話だったので、中小企業の経営者には関係ないと思っているでしょうか?そうではありません。むしろ中小企業にこそ、デザイン経営は必要です。なぜなら、デザイン経営により企業活動全体に付加価値をつけられ、高い売上成長率と組織風土の活性化が期待できるからです。また、ブランド力の向上は従業員のロイヤルティ向上にも効果があり、自社への愛着や誇りに繋がり離職率の低下が期待できます。もちろん、新規の人材採用にも効果的となることでしょう。
デザイン経営の本質は、人(ユーザー)を中心に考えることで、根本的な課題を発見し、これまでの発想にとらわれない、それでいて実現可能な解決策を、柔軟に反復・改善を繰り返しながら生み出すことです。これは、コンパクトで小回りの効く中小企業だからこそ取り組みやすいように感じられませんか。我が社でもデザイン経営を実践したいとお考えの経営者の方は、ぜひ当協会へお問い合わせください。
最後に、特許庁が提供している「中小企業のためのデザイン経営ハンドブック」を紹介します。様々な中小企業の具体的事例が掲載されていますので、ご参考になるのではないかと思います。ぜひ一読してみてください。
中小企業診断士 井上 将(いのうえ すすむ)